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  2009年2−5月掲載 

      ≪豊かな読書≫≪私のとっておき≫ 

     
本が解く人生という謎
  本多勝一「カナダ・エスキモー」など

                                                江戸川大教授 斗鬼正一

 なぜ人間は裸を恥ずかしいと感じるの? なぜ家族というものがあるの? 言われてみれば、身近過ぎて、見当もつかない。なるほど人間こそは人類最大の謎だ。

 そんな人間という謎に挑戦しようという魅惑の学問が文化人類学。おまけにナマの人間相手だから、世界を旅し生活を共にすることこそ研究。まさに「書を捨てよ、旅に出よう」という学問で、本の山を嫌悪した私は、自分の人生をこの学問に託すことに決めた。

 以来、世界を旅し、ブンカジンルイガクシャになった私は、国際化社会で重要なのは文化に優劣など無いという相対主義だなどと訳知り顔に学生に説いてきたのだ。

 そんな私にとって印象深い本は、中学時代に読んだ本多勝一の「ニューギニア高地人」と「カナダ・エスキモー」だ。

 石器時代そのままの裸のニューギニア・ダニ族や、狩ったカリブーの腸をナマで食べ、百以上の数は全部「たくさん」というカナダ・イヌイットの青年カヤグナと生活を共にし、彼らも家族だんらんを楽しみ、別れに涙する同じ人間ということを、「ふらんす」でさえあまりに遠く、「ニューギニア=食人種」という印象を持っていた当時の日本人に気づかせた名ルポだ。

 そう書いて、ハタと気づいたのは、相対主義も文化人類学も、そして私の研究者人生だって、きっかけはこれらの本との出会いだった、ということだ。自らわかったつもり、決めたつもりでも、実はさまざまな出会いを通して決まっている。そんな人生の当たり前を、四十五年ぶりに手にしたこれらの本はあらためて教えてくれた。

 もっともこれは七十歳を過ぎたカヤグナだって同じで、今やセントラルヒーティングの部屋で薄型テレビを楽しんでいるという。未開から文明へ一足飛び。まさに入生は謎。なるほど、人間どころか一番身近な自分の人生だって永遠の謎なのだ。そしてその謎を解くカギは、やはり本との出会いにあるのかもしれない。
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 「カナダ。エスキモー」は全国学校図書館協議会、朝日文庫ほか刊、「ニューギニア高地人」は同文庫ほか刊。 

 とき・まさかず
 1950年神奈川県生まれ。江戸川大学社会学部ライフデザイン学科長。日本テレビ系「世界一受けたい授業」などの番組で人気。