共同通信社新聞書評掲載(2013年1月〜)

掲載紙
 共同通信、琉球新報、熊本日日新聞、大分合同新聞、中國新聞(広島)、山陰中央新報(島根)、日本海新聞(鳥取)、高知新聞、神戸新聞、福井新聞、北日本新聞(富山)、新潟日報、秋田さきがけ、東奥日報(青森


『月』ペアント・ブルンナー著 山川純子訳

人類の想像かき立てる

評 斗鬼正一(江戸川大学教授)

 超絶美女かぐや姫、正義の味方の月光仮面のふるさとといえば「誰もがみんな知っている」あのお月様だ。何しろ近くて大きく、占星術、太陰暦から、月餅、月曜日まで、月に関わるものも数多い。ヒバリは月を見て渡り、フンコロガシでさえ大事なお弁当を転がす向きを月光で感知する。 

それなのに、取ってくれろと子に泣かれても、手は届かず、出自さえも地球分裂説やらさまざまで、「どこの誰かは知らないけれど」の謎の星なのだ。

 本書は、そんなお月様がどんなに人類の想像力をかき立ててくれたかを教えてくれる。病や嫉妬、争い無緑のユートピア、ダイヤのように輝く目の月人美女−。

 おまけにこのお月様、お顔の半面しか拝ませず、満月でほほ笑むかと思えば、新月には姿を隠し、月食でみまかりながら復活するという思わせぶり。さらにその青白い光は病を癒やすとされ、恋人たちの気分を高め、人を狂わすすごいパワーというわけで、人類の心はすっかり惑わされてしまつたのだ。

 ところが、こんな謎の美女、17世紀発明の望遠鏡で、あっさり、どアップにされ、素顔が見えてしまった。しかも見えたのはクレーター、岩石だらけのあばた顔、季節もなければ風も吹かない、荒涼たる世界だった。        

 それでも人類は、そのあばた顔に月世界旅行という新たな想像力をかき立てられて、とうとうアポロ11号はあばた美女のお顔にタッチ。日本時間、1969年7月21日の月曜日「一人の人間にとっては小さな一歩」がとどめとなって、超絶美女どころか生命の存在さえも全否定してしまったのだ。

 こうして超絶美女もユートピアも消え去りながら、それでもなお人類はエネルギー供給基地などと夢想を新たにかき立てられていると著者はいうのだが、そういえば、58年2月24日、月光仮面テレビ初登場の日もなぜか月曜日だったのだ。

  (白水社・2625円)

 BERND・BRUNNER64年ベルリン生まれ、フリーの文筆家、ノンフィクション作品の編集者。邦訳に「熊」がある