書評 『幕末日本探訪記 江戸と北京』、ロバート・フォーチュン著、三宅馨訳

(講談社学術文庫1997)

人は旅で磨かれる。なぜならば「異文化との出会いは、ものを考え、自分のものの見方、考え方を持った人になるきっかけを与えてくれるからだ。本書は、旅をそうしたものにするのに不可欠なのが、好奇心と文化相対主義的見方であることを教えてくれる。溢れる好奇心と、巧みな異文化との接し方で、すばらしい旅をして、夢と感動一杯の人生を過ごした、そんな大先輩が、激動の幕末日本を訪れた英国の園芸学者フォーチュンである。

彼はプラントハンターとして、日本の植物を欧米に広めたいという、大きな夢を持っていたから、彼の旅は、初めて見る植物との出会いによる感動に満たされた旅であった。田園都市江戸を支えた世界最大の植木の村染井や、あこがれの団子坂で植木を買い込み、英国に無事送り届けようと情熱を傾ける彼にとって、毎日が心弾む旅であった。

しかし彼の旅の素晴らしさは、単に園芸学者としてのものに留まらない。好奇心に溢れる彼は、攘夷派による襲撃が頻発し、役人の監視が付いた不穏な時代に、寺に一人で滞在し、人々の生活に直に触れた。宴会に飛び入りして庶民のエネルギーに圧倒され、墓参に同行して日本人の心に触れ、火事場では火消しの統制の取れた活動に感動する。

無論混浴、お歯黒など、異文化との出会いには驚かされる。しかし彼は、一般的西欧人とは異なり、野蛮な奇習、不道徳などと切り捨てることはしない。日本人の目には、混浴よりダンスの方がよほど不道徳だし、西欧の審美眼が絶対的なものではないというのである。

好奇心もなく、異文化を初めから自文化の尺度で野蛮などと決めつけてしまったら、見えるものも見えなくなる。旅の、人生の感動が薄れる。すなわち、考えるきっかけがなくなるのである。フィールドワーカー精神と文化相対主義的見識で幕末日本を味わい尽くした旅人は、そんなことを我々に教えてくれる。

当時フォーチュン48歳。若い学生諸君、旅に出よう。おじさんに負けるな。(応用社会学科 斗鬼正一)  
 『ユウレカ』第
18号、199875

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