斗鬼正一研究業績
鉄道、道、交通、地図

*鉄道

「鉄道という異文化と日本」

2004(平成16)年月2月
『情報と社会』第14号、江戸川大学

概要
 鉄道は、交通に大変革をもたらしただけでなく、交通手段であることを越えて、新たな空間関係を創り出し、
人々の視線、空間認識にまで大きな影響を与え、大きな文化変容をももたらした。
 異文化として導入された鉄道が、なぜそうした、社会、文化を大きく変容させる力を持ち得たのかを、他方で
鉄道が人々によって、畏怖、嫌悪の対象ともされたことに注目して検討した。

p13-23(全76ページ)


*道と交通、象徴的地図

「道と空間的・社会的定位−ユキミチを事例として−」

1982(昭和57)2
『明治大学大学院紀要』第19集、明治大学

概要
 人間には自分の住んでいる地点、生活の展開する空間の空間的定位、自分、家族等が何者であるかという社会的定位を確認し、空間的、社会的環境の変動のなかでも維持していくことが不可欠である。本稿では通例の所与の道とはまったく異なり、人々が自由に踏んでいくことができ、ムラとムラ、住居と住居の順序、距離、方角等を自由に設定することができるユキミチの事例から、いかに空間的・社会的定位が確保されているかを示した。
 p.33p.48(全549ページ)



「道の物質文化論III−新潟県津南町見玉に於ける道案内を事例として−」

1981(昭和56)2
『明治大学大学院紀要』第18集、明治大学

概要
 人間の生存にはエネルギー、情報、「もの」等が不可欠で、そのためには空間的移動が必要となる。これを可能にするのが道であり、道を有効に使用するためにソフトウエアとしての道案内が用意される。道案内設定範囲、ランドマーク、方位、地名、距離、所要時間、周囲のムラや住居の指示名称等,文化によって用意され、公式化された道案内の事例を取り上げ、単なる道案内を超えて、社会構造維持にまで使用されている様を示した。
 p.19p.32(全458ページ)



「道の物質文化論II−新潟県津南町見玉に於ける物質文化の導入・配置・廃棄を事例として−」

1980(昭和55)2
『明治大学大学院紀要』第17集、明治大学

概要
 生活の理解には「もの」との関わりの理解が不可欠である。そこで衣服、履物の購入先、住居空間内への配置、行き先別使い分け、古くなるにつれての転用、配置の変更、掃除、廃棄物処理に伴う移動、給排水の経路等、空間と関連した事例による「もの」の移動の道を検討し、「もの」は決して身体保護、食用といった通例考えられる機能だけでなく、多くの意味的機能を評価され、利用されていることを示した。
 p.93p.108(全476ページ)



道路の物質文化論−新潟県津南町見玉のホンドウリを事例として−」

1978(昭和53)12
『明治大学大学院紀要』第16集、明治大学

概要
 生活における人とものの関わりがますます複雑化する現代社会の問題を理解し、解決への道を探るために、即物的技術論中心の従来の物質文化論から、ものを作り、使用する人々の価値観、意味の世界の探求を目指す新しい物質文化論への変革を展望した。事例は、ホンドウリと呼ばれる特定の道路網であり、道路が単なる交通手段ではなく、意味的機能を評価され、使用されていることを示した。
 p.1p.16(全426ページ)


*象徴的地図

「都市「地図」と都市像の情報文化論−東京銘菓の事例−」

1992(平成4)3
『情報と社会』第2号、江戸川大学

概要
 文化要素には都市空間を分類、評価し、対応行動を記した「地図」が含まれる。本稿では東京の銘菓を事例に、ハード(意匠,包装,原材料等)ソフト(売られかた、買われかた、使われかた等)両面を検討、社会が東京、東京圏という環境をどの様に分類、評価し、この「地図」情報の伝達に銘菓をどう利用しているかを示した。
 p.75p.90(全154ページ)



「情報伝達と象徴的境界−「国際都市」香港の事例−」

1991(平成3)3
『情報と社会』創刊号、江戸川大学

概要
 社会はその環境を分類、評価し、対応行動を定め、成員に伝達していく仕組み、いわば意味空間の地図を文化要素として設定している。本稿では多民族、中国各地出身者混住の香港で、香港人の文化が、どのようにすでに存在した物理的境界とは異なる象徴的境界を設定し、意味空間の地図を伝達しているかを検討した。
 p.55p.66(全183ページ)



「境界に関する一考察」

1989(平成元)年10
『明治大学社会・人類学会年報』第3号、人間の科学社

概要
 世界一の過密都市香港における現地調査の資料を用い,香港生まれ、育ちの人々が増え、さらに返還が近づくにつれて、香港人意識の高まってきた人々が、どのように自らの空間を切り取り、確保しているかを、我々意識との関連に注目して検討した。
 p.26p.36(全210ページ)



 「地図の象徴的機能」

1988(昭和63)9
『明治大学社会・人類学会年報』第2号、人間の科学社

概要
 人間には情報受信、対応行動決定という情報処理の過程が蓄積された既知の環境が不可欠であるが、そのための情報量の削減、縮小、固定、すなわち一種の「地図」作製は、文化のレベルでの共同化によりさらに、合理化される。各文化はそれを成員に明示伝達し、遵守させるための多様な仕組みを用いる。本稿では住居空間という紙面に多様な「もの」を用いて描かれた「地図」の事例により、こうした「地図」の象徴的機能を示した。
 p.156p.169(全255ページ)


 「我々意識の変動と方位」

1984(昭和59)2
『明治大学大学院紀要』第21、明治大学

概要
 我々意識上の連帯、区分は、通例空間的隔たりの大小によって自然に明示される。ところが空間的位置関係と我々意識上の関係の間に著しい不一致が生じた場合に、どう調整されるのかを、方位とそれによる空間的移動への統制に注目して検討した。事例は空間的には単一の集落に、複数部落に所属する人々が住み、集落と一致しない祭祀組織が存在したり、さらに町村合併、都市化、神社合祀等変動の激しい神奈川県中井町である。
 p.1p.18(全371ページ)



「方位と我々意識−埼玉県川島町の事例−」

1983(昭和58)2
『明治大学大学院紀要』第20集、明治大学

概要
 埼玉県比企郡川島町は大河に囲まれ、水害の被害の差と、用水確保の難易度という2要因により、ムラムラがカミ(上流側)からシモ(下流側)へと序列付けられてしまう。しかし他方水坊、用水路の維持のためにはカミ、シモ一丸の我々意識が確保されねばならない。こうした不安定な我々意識を安定させ、維持していくために人々が利用しているのが方位であることを、接客、座順、寝室区分、諸儀礼等の事例で示した。
 p.1p.16(全397ページ)



「道と空間的・社会的定位−ユキミチを事例として−」

1982(昭和57)2
『明治大学大学院紀要』第19集、明治大学

概要
 人間には自分の住んでいる地点、生活の展開する空間の空間的定位、自分、家族等が何者であるかという社会的定位を確認し、空間的、社会的環境の変動のなかでも維持していくことが不可欠である。本稿では通例の所与の道とはまったく異なり、人々が自由に踏んでいくことができ、ムラとムラ、住居と住居の順序、距離、方角等を自由に設定することができるユキミチの事例から、いかに空間的・社会的定位が確保されているかを示した。
 p.33p.48(全549ページ)