香港の都市空間と自然ー食文化の事例からー   斗鬼正一

1994(平成6)年3月
『情報と社会』第4号、江戸川大学

概要
 人間は身体空間の内部、外部の境界を明確化することが存在の基本要件であるが、他方で新陳代謝が必要で、外部から他の生物の身体を摂取しなければ生存して行けない。それゆえ、境界明確化のために料理にまつわる多くの文化的統制が設定されている。これは都市空間でも同様のはずで、食のために都市空間に取り込まれる自然の諸要素をどの様に統制し、都市空間を、自然の支配する空間との間に境界が設定された、文化の支配する空間として確保、維持しているのかを検討した。
 p.95〜p.104(全209ページ)

はじめに
1 問題の所在
 人間が生存していく上で、身体空間を外部の自然の支配する空間から明確に境界付け、占有することは不可欠の要件である。他方で、動物である人間は自然の一部でもあり、食もまた生存していく上で不可欠な、最も基本的な行動である。ところでこの食べるという行動は、他の生物の体の構成物を、自らの身体空間内部に取り入れることである。すなわち食べることは、身体内部空間と外部の自然の空間の境界を曖昧にし、身体内部空間に外部の自然が入り込んでくることを意味するのであり、きわめて危険な行為、ということになる。そこでこうした生存のために不可欠な食べることと、身体空間の確保との両立のために、文化が設定したのが料理と食に関する様々な規範性である。料理とは、まず生命を奪い、皮を剥ぐ、切る、調味する、といった過程であり、規範性は、料理をどの様に食べるべきかを規定し、共に自然をできるだけそのままの形で取り入れず、自然性を剥奪し、文化の産物としての形で、身体空間内部に取り入れることを目的とするのである。
ではこうした自然と内部空間の問題を、都市空間とその中の住居空間、レストラン空間、食卓空間、といったレベルで考えてみたらどうであろうか。人は大自然の中でテント生活をする場合、石が転がり、草が生え、動物達が動き回る、といった状態のままでテントを張り、一夜を過ごそうとはしない。多少とも草を刈り、落葉をどけ、転がっている石や木の枝をどけ、そして動物達を追い出してから、テントを張るのである。さらに長期にわたって住むとなると、塀で囲いをした区画の中に住居を建て、格別身体に害を与えるものでなくとも、住居空間の中に、動物、植物、昆虫などが入り込むことを嫌悪する。蜘蛛の巣が張れば取り除き、長い留守の間にかびが生えれば取り除く。虫が入ってくれば、目のかたきにして殺してしまう。食卓の上を蟻が歩いていればつぶしてしまう。庭の雑草は引き抜く。住居空間の中に入れる動物はペットだけであり、ペットには、体を清潔にさせ、しつけをする。昆虫も、特定の種だけを、虫篭にいれて持ち込むのである。植物も、盆栽や、生け花のように、自然から切取り、枝をたわめ、他の植物と組み合わせて、花瓶に生け、床の間に置いたり、花壇に栽培する、という形で入れるのである。これは都市空間の場合も同じで、都市空間の中に入ることを許される動物はペットだけであり、それも予防注射をし、登録し、トイレのしつけをしなければならない。都市国家シンガポールでは犬を飼うにも許可を受けねばならない。それ以外の動物は、たとえ危険な種でなくとも、都市空間の中を走り回ることは許されず、動物園の檻の中に飼われた動物として初めて入ることが許されるのである。植物も広い空き地に雑草が生い茂ったのを放置しておけば非難される。花壇、街路樹といった形で、選ばれたものだけが入ることを許されるのである。すなわち都市空間、住居空間などもまた、自然から切取られた、反自然の空間であり、都市空間や住居空間等を快適で、安心して暮らせる空間として確保するためには、自然を排除し、文化による秩序化を貫徹しなければならないのである。 
 ところがここで注目しなければならないのは、身体空間と同様に、都市、住居空間等もまた、外部の自然の支配する空間から自然の産物を取り込まなければならないという点である。すなわち都市空間等にも、そこに生活する人々が食べるために、外部の空間から様々な生物の体の構成物、すなわち自然を取り入れなければならない。そこで本稿では、反自然の、文化の支配する空間としての都市空間等を確保するために、食にかかわる文化がどんな働きをしているのかを、香港における食文化の諸事例から検討していくこととする。
2. 調査地
1)香港人の食事
 香港はグルメの町、食い倒れの町といわれる。食に対する思いは熱く、エンゲル係数は驚くほど高い。家族、友人などが集まり、にぎやかに話しながら食べることを心から楽しむ。しかし女性も多くが働いており、冷蔵庫のなかはほとんど空、などという家庭も多い。それゆえ外食が非常に多く、無数のレストランが軒を連ねることになるのである。
2)レストラン
 レストランのレベルは、富豪がベンツで乗り付け、世界の有名人に知られる超高級(Aレベル)から、一般の人は結婚披露宴位にしか行かないような上(Bレベル)、日曜の飲茶、友人と会ったり、客を連れて行くような中(Cレベル)、そしてちょっと昼食、夕食を食べに入るような手軽な下(Dレベル)、さらに屋台にも「大  」と言われる固定式の大型から、リヤカーに屋根も付けて改造した日本でも見られるようなもの、屋根もない小型リヤカーにバーナーを載せただけのもの、さらには道端の箱に載せただけのものまである。
 種類は、Cレベル以上では海鮮料理などもあるが、Dレベルでは手軽な麺、粥、焼鴨など、が多い。近年、値段はDレベルであるが、小綺麗で清潔なファーストフード店も増えている。屋台も手軽な油条から麺類、ご飯ものまで、何でも揃っているし、屋台でしか売っていないものもある。地方別で最も多いのは、当然の「広東菜」で、通常何も表示していないが、他に潮州、上海、北京、四川、そして「素食」(精進料理)など中国全土の料理の店がある。また喫茶店でも軽食を出すところが多い。さらに、フランス、イタリア、インド、イスラム教徒、朝鮮、日本など世界中の料理がある。
 
第1章 外部空間からの自然の導入
1 調達 
 四本足で食べないのは椅子とテーブルだけ、空を飛ぶものでは飛行機だけ、などといわれるように、香港人にとって食べないのは鯨くらい、食べていけないのは、英国式の法律で禁じられている犬と猫だけである。日常的ではないが、蛇、センザンコウ、熊なども「野味」と呼ばれ、季節の味として好まれる。したがって、これを空間的側面からみると、田畑、海山はもちろんのこと、荒野からジャングルまで、あらゆる空間から食材を調達する、と言うことになるが、狭小な上に、都市化の進んだ香港内部では不可能で、輸入に頼ることになる。それゆえ、大陸からは、米、野菜、魚、牛、豚、そしてあひる、蛙、蛇に至るまで、「九廣鐵路」(Kowloon Canton Railway)やトラックで毎日大量に運び込まれる。さらに、オランダの牛乳、ニュージーランドのバター、チーズ、タイの果物、アメリカの野菜、日本のきのこなど、全世界からあらゆる食材が輸入されている。さらに香港には大きな川、湖はなく、海に堰堤を築いた人工湖ではとうてい賄いきれないため、水すら大陸からパイプラインで運ばれる。こうして調達された食材は、流通経路を経て、市場、小売店、レストランに運ばれるが、どこでも在庫をあまり置かず、流通速度はきわめて早い。
2 買物 
 個人、家族レベルでの調達は買物である。買い置きをあまりせず、必要なものは一日に何回も買いに行く。どこでもあらゆる食品店が揃っているから、日常の食材の買物先はきわめて近く、アパートからエレベーターで下に降りていくだけで事足りる。食料貯蔵庫、冷蔵庫が外にあるようなもので、できるだけ住居空間に物をいれないようにするのである。
3 考察
 自然界の物質にはヒトが消化できるものも、できないものもある。また何を食べるか、食べないか、何は食べて良いか、いけないかは文化によって決定されているから、自然界のなかでまずはこれらを取捨選択する作業が必要となる。すなわち食は、まず、自然界を知覚、走査し、分類、評価するという、文化の視線による自然支配から始まるのである。
 さらに可食物は、環境の中のどこにでもあるわけではなく、集中してあるとも限らない
から、探索しなければならない。これは、自然が作り上げた空間的配置を知り、利用可能
なように記憶しておくことであり、これもまた、自然支配と言うことになる。さらに、発
見した可食物は、野原を駆け回り、海中を泳ぎ回っているまま、木に付いたまま、稲のま
までは食べられないから、捕獲し、木や稲から引き離さなければならない。これは通常自然の生命を奪うことを伴う。また量、種類を確保するためにも、集めるという作業が必要となる。さらに、見つけたらその場で食べてしまう採集狩猟民のような例もあるが、通常は集めた食材を保管、調理、食事の場所に移動させることになる。すなわち自然の空間的状況の変更作業が行われるのである。
 文明社会では、これは自分でするわけではなく、通常は生産、流通、そして買物という形で行われる。しかし、買物の場合も、都市空間のどこにどんな食材が売られているかを記憶し、買い集め、住居空間に移動させるのであり、基本的には同様の過程と言えよう。
 これを、都市空間、住居空間という側面からみるならば、都市空間、住居空間とは、自
然がそのまま導入される空間ではなく、文化により認識、走査され、空間的状況が変更さ
れた、すなわち文化による統制を経た食材が導入される空間ということになる。

第2章 自然性の剥奪
1.加工・調理法 
1)変形、成形 調理では、自然界から持ち込んだ材料を、人が消化できない部分、有毒成分を除き、食べられる大きさ、柔らかさ味、好みの味にする、と言った作業が行われる。そのためには、魚、鶏など形のままだされるものもあるが、通常は皮を剥ぐ、切る、そして食材や料理によっては、砕く、つぶす、する、といったさらに徹底した加工が行なわれる。また日本同様、鳥、花などを模した彫刻、元の食材の形を再現した成形も行われる。素食では、大豆など植物性の材料だけで、牛豚鳥肉、魚介類などの形態、時には味までも模した料理が作られる。
2)混ぜる 日本料理は刺身のように、単一の食材に単純な調味料だけ、というものも多いが、香港では、元々食材が多い上に、多数の食材を混ぜ合わせ、調味料も多種多様という場合が多い。田畑、山海、中国大陸、世界中から集められた食材が一つ鍋の中に入れられ調理されるのである。料理名にも、「○○とxxの何何」というものが多い。
3)加熱 香港人はナマ物をほとんど食べない。サラダや生牡蛎は欧米の影響で食べるようにはなったが、それほど一般的ではなく、刺身も気味が悪いという人が多い。果物でさえ加熱して食べる調理法がある。それゆえ、料理は強い火力で徹底的に加熱するものが多く、一般家庭の台所でも屋台でも、強力なガスコンロで調理し、冷めないうちに食べるのである。冷めたものは嫌がるから、日本式の弁当は普及していない。茶も冷たくして飲むことはないから、日本式の冷やした烏龍茶は信じられないというし、缶、紙パック入りの茶もほとんどない。酒もビールは冷やして飲むが、伝統的中国酒は温めて飲む。
4)調味 素材の味をそのまま生かす、という料理は少なく、醤油、油、香辛料など様々な調味料を用いて濃厚な味付けが行われる。すなわち素材にそれ以外の物を混ぜる、つまり自然界の空間的配置を変更するという行為が徹底的に行なわれるのである。
2 盛りつけ
 盛りつけは、家庭でも、レストランでも、ほとんどが大皿で、それを各自の小皿にとっ
て食べる。それゆえ、1つの大皿には1品だけ、他方各自の小皿には、いろいろな料理が混ざってのせられることになる。大ざらの料理自体が自然界の諸食材を空間的に集めたものであるが、さらにそれらが各人の皿の上で混ぜ合わされるのである。また盛りつけ方も料理のうちで、美しくデザインされたものを楽しむ。
3 加工、調理空間
1)都市空間 肉の場合、屠殺場は牛豚専用のものが市街地をはずれたところに数カ所あり、大陸から生きたまま運ばれたものを屠殺し、ある程度の大きさまで解体して肉屋に運ぶ。肉屋では日本と異なり、外からよく見えるところに原形がわかる形で釣り下げられ、それを適宜切ってきては、客の求める量、大きさに切って売っている。しかしアヒルなどの小動物の場合は、生きたまま都市空間の真ん中まで運ばれ、早朝の路上に縛られて放り出され、次々店内に運ばれては、殺され、血を抜かれ、茹でられ、羽毛を剥がれてレストランなどに運ばれ、客に買われていく。鶏、鳩、亀、蛇などは店で生きたまま売られており、客は選んだ鶏をすぐそばの処理場で殺し、皮を剥ぎ、肉にしてもらって、持ち帰ったりする。蛙も生きたまま売られているから、皮を剥いて、切ってもらって持ち帰る。
 魚も生きたまま売られる割合は日本よりはるかに高く、魚屋の水槽、桶から取り出して
加工してもらい、持ち帰る。海鮮レストランの場合は、外から見えるところに大きな水槽を持ち、伊勢海老など客に見せてから調理する。また、客が魚屋で買った魚を持ち込んで調理してもらうレストランもある。
 野菜は一部のスーパーでは加工、パックされているが、商店で買う場合は、その場で皮を剥き、適当な大きさに切り、不用部分は除いてもらう場合が多い。調理済みのインスタント食品、加工食品、惣菜も利用されるが、この場合も調理場は都市空間ということになる。自然性の剥奪作業である調理はできるだけ住居空間の外の都市空間で行われるのである。さらに外食の場合は、これがレストラン空間で行なわれるということになる。
2)レストラン厨房 屋台の場合は、調理のほとんどの過程が路上で行われる。それゆえ
、食べる人にも、通行人にも、丸見えであるが、小規模の麺類を出すような店では、入り
口の左右と、奥の3カ所に厨房が分かれ、入り口の厨房では麺類や点心が、そのほかの料理は奥の厨房で調理される。従って麺類、点心は調理しているのが外からも、客席からも見えるが、肉、魚、ご飯ものなどの調理は見えない。大きなレストランでは、一部の「点心」はカートにガス器具が組み込まれ、移動しながら焼いたり、保温したりするが、通常は店内が大変広く、厨房はどこにあるのかもわからない場合が多い。喫茶店、ファーストフード店、学生食堂などでも、厨房との間に小さな窓口があいているだけで、中はまったく見えないようになっていることが多い。
3)食卓 食卓で、食べる人が調理の最終段階を行なう料理としては、日本の鍋物に大変似た「火鍋」(hot pot)などがあるが、通常は厨房で食べられる形、大きさ、状態に調理され、食卓ではそのまま食べる場合が多い。食卓に置かれ、加える調味料の種類もきわめて少なく、調理は食卓以前の厨房空間で完了しているのである。
4 考察
 加工・調理とは、自然界から調達した食材を、調理法に則って、料理へと作り替える作
業であり、自然を文化の定めるところにより改変、征服する作業であるといえよう。すなわち、切る、変形するなどの作業は、自然の造形を破壊し、文化の定めた形へと改変することであり、生で食べるとは、自然をほとんどそのまま身体内部に取り込むことであるが、焼く場合、文化によって統制された火を用い、煮る、炊く、蒸す場合はさらに水をも用いて、自然の食材の持つ性質を改変することである。すなわち、統制された熱を用い、自然を改変してから身体に取り込むということになる。調味もまた、自然の持つ化学的性質による味を、文化によって改変する。食材を混ぜることも、自然の空間的秩序を破壊し、人工の空間的秩序を作り上げることである。例えば、自然界では海の魚と山の茸が空間を共有する、と言うことはあり得ないが、これらを一緒に煮ることは、自然界における空間的配置を破壊し、文化による空間的配置を作り出すことになる。
 盛り付けも同様で、皿に盛り付けられた魚は、もはや海という自然の空間にいるのではなく、文化によってデザインされた空間の中に封じ込められている。1つの皿の上に複数盛り付ける場合は、自然界ではあり得ない空間的配置を文化のデザインによって作り出すことである。食卓上における食器の配置も文化のデザインによる空間的秩序化であり、これらは、自然の空間的秩序を破壊し、文化の秩序の中に置き換えることなのである。
 これをさらに都市空間の側面から見ると、日本では屠殺場が都市周縁部におかれ、牛、豚はもちろん、鶏でさえ生きたままの自然はそこまでで、切り分けられ、パックされ、文化の定めた形で都市空間内部に導入され、それによって都市空間は外部空間との間の境界が明確な、文化の秩序が支配する空間として確保される。これに対し香港では、境界が明確化されず、文化の秩序が支配する空間として明確に切り取られてはいないのである。むしろレストラン空間、住居空間、そして食卓空間とその外部空間の間に、自然を最終的に排除する境界が設定されている、ということがいえよう。そしてこうした過程が最も協力に行われるのが、レストラン空間と、住居空間ということになる。
 さらにこうして様々な統制を経て、外部空間から食材を導入するレストラン空間、住居空間は、田畑、山海、川、そして広大な中国大陸、世界の自然をミニチュア化し、支配する空間となっているといえよう。

第3章 内なる自然の文化化−食行動への規範性−
1 都市空間
 屋外では、公園、街路など、食べていけない場所は特にないが、立ち食い、歩き食いは行儀が悪いとされ、余り見かけない。屋内では、映画館は一流のところでは飲食不可である。交通機関では、「地下鐵路」(MTR)、九廣鐵路(KCR)の車内、構内は飲食禁止で、至るところに掲示され、違反者は罰金であるが、これは英国文化の影響によるものである。バスは禁止ではないため、忙しい出勤時間に車内で食べる、と言うような人もまれには見かける。フェリーは路線によるが、中には麺類を売っている船もある。
 オフィスでは仕事机で社員が、買ってきた食品、配達された弁当などを食べる。商店、町工場では、店主、店員、社員一同が店先、事務所、作業所で一緒に昼食をとり、入り口に「用膳時間」と書かれた札が下がったロープが張られたりする。また一般の商店、中国系のデパートなどでは店員が客の目の前で茶を飲んだり、レジを打ちながら食事をしている店主がいたりする。他人の視線を遮断して食べようとはしないのである。
2 住居空間
 住居空間は、当然食の許される空間である。住宅事情から、ワンルームに1家族が住んでいる、といった場合は、1つの部屋が多目的に用いられ、仕事に使っていたテーブルが食卓に替わったり、折り畳み、キャスター付きで、片付けてしまう場合も多い。
 そうした場合に、食事の場を設定するのに重要なのが使い捨てのテーブルクロスで、食べ終わると残飯、ゴミなどをすべてぶちまけ、くるんで捨ててしまう。もっとも、香港人は、少し食べてはソファーに座ってテレビを見てからまた食べる、といった食べ方も多く、必ずしも食卓だけが食事空間と言うわけではない
3 レストラン空間
1)食卓の配置、定員 香港ではバス、タクシーなどの定員制限が厳しいが、レストランでも、「4人座位」などと表示している場合がある。食卓は丸い大型が多く、貸し切りの場合に転がして移動させることはあるが、そのときどきの客の人数に応じて臨機応変に移動させることはない。食卓を占めることのできる客の数は、店側によって厳しく統制されているのである。
2)食卓の選択 高級レストランはもとより、下レベルの店でも席は客に選ばせず、店員が案内する場合が多い。自由に選ばせるのは欧米式の一部の喫茶店、ファーストフード店、学生・職員食堂位である。Cレベル以下の店では相席も普通であるが、相席させるか、どこにさせるかは店員が決め、先客の同意も求めないことが多い。
3)食卓セット 食卓にはDレベル、喫茶店、ファーストフード店を除いて、通常テーブルクロスが敷かれている。Cレベルでは、その上に醤油、楊子、全商品を並べたメニュー、時にはお薦め品や、時間帯別のメニューが1つづつ置かれている。箸は大きな箸立てにさしてある。またA、Bレベルなら常に、Cレベルでも飲茶の場合、伏せた湯呑茶碗と料理をとるための小型茶碗、皿、箸、箸置き、布製ナプキンなどがあらかじめセットされている。客が無料で自由に取れるのは楊子、醤油位であるが、楊子は通常小さな穴から一本づつしか取れないような容器に入っている。茶はDレベルのレストラン、屋台で日本の水に当たるものとして出されるもの以外は有料である。砂糖、レモンは初めから飲物に入れてあるため食卓にはないことが多く、レストラン側の設定した味に統制されることになる。
4)接客 客がくると、店員が湯呑をひっくり返し、おしぼりを出し、茶の注文を受け急須にいれて持ってくる。C、Dレベルではプラスティックのコップで、茶の種類の指定も出来ないことが多い。おしぼりはDレベルでは出ないが、Cでは勘定を頼んでいる間、B以上では着席時と、勘定頼んでいる間の2回出る場合が多い。Cでは、トレイに多数のせてもってきて、置きっぱなし、と言う場合もある。その席で相席した場合は、客は店側によって勝手に食卓単位で、一組と扱われることになるのである。
5)メニュー 各レストランは、広東、上海、潮州、北京、海鮮、火鍋といった専門分野を持つ場合も、通例それ以外の料理もメニューに多数載せ、専門がない店でも、品数は日本に比べて大変多い。入店した客の食欲を、自店だけ充足させようというのである。屋台でさえラーメンだけなどということはなく、店名を大きく掲げ、多くの料理を供する。 
6)時間帯別営業形態 レストランは時間帯によって営業形態を変えることが多い。朝は粥などの軽食、そして飲茶、「下午茶」、夕方からは食事といった具合である。客の少ない時間帯には値引きする場合もある。切り替えは客を無視し、飲茶の客が残っていてもおかまいなく夕食時間になったりする。またB、Cレベルでは大部屋を時間帯によって一部貸し切りにする場合があり、食事中の客を無視して、可動間仕切りや食卓、椅子を動かしたり、飾り付けをしたりしはじめ、1組だけ仕切りの中に取り残されてしまったりする。
7)注文の取り方 ファーストフード店、学生・職員食堂以外では、客に食券を買わせるところはなく、店員が食卓に出向き、注文を取る。
8)配膳と食卓上の配置 配膳は店員が行ない、食器はあらかじめ定位置にセットされている場合が多いから、食卓上の配置も店側が統制していることになる。飲茶でもカートが回って来るのを待つ。セルフサービスは歴史の浅いファーストフード店、学生・職員食堂だけで、客は店側の配膳を待つほかないのである。
 配膳の順序は店によって決められており、トレイを使わず1皿ずつ出来るたびに運んでくる。またDレベルでは、1、2種の料理、スープ、茶碗二つに盛ったご飯を「経済客飯」という格安定食にしているが、この場合も日本のように、トレイに初めからセットにしてのせてくるのではなく、普通の料理の場合と同様に1つづつ持ってくる。
 結婚披露のような宴会でも配膳の順序はほぼ決まっており、司会がいない場合も多いが、料理によってどのくらい進行しているかを客に知らせることが出来る。果物が出れば終了で、残って食べていくか、それを持って退出するかを客に選択させる知らせとなる。
9)片付け セルフサービスの店でも片付けは店側がする。Cレベル以下では、相席の場合、1組が帰ってしまうと、もう1組が残っていても片付け始め、テーブルクロスを巻き上げて棒状にし、半分だけ新しいテーブルクロスを敷いたりする。
10)支払い ほとんどの店で客が自分でレジに行って済ませることはできない。店員を呼んで勘定を依頼すると、店員はレジに行き、伝票に記入し、小さな盆やノート状のものに挟んで戻って来るので、そこで金を盆に乗せる。受け取った店員はレジで支払い、つりを持って再び戻ってくるので、チップ分を残して受取り、ようやく終了する。すべて店側の統制通りに行なわねばならないのである。
11)異常事態の処理 客が料理、飲み物をこぼしたり、食器などを破損したなどの場合、後始末は店側が行ない、特別の場合以外は弁償させることもない。店側の手落ちで服を汚した、怪我をさせた、という場合や、異物が入っていたり、腐っていて中毒させた場合などは弁償する、代替の品を出す、謝罪する、といった形で責任を取ることになる。
4 考察
 どこが食べられる場所、食べられない場所であるかの規範性は、食欲充足行動を統制と秩序化することになるが、食欲充足が認められたレストラン空間の例でも、メニューが店側によって決定されており、自由に充足できるわけではない。メニューとは、食材の選択、加工、加熱、調味など、ほとんど無限に可能な料理の中からすでに選択され、命名されたものであり、食べられるもの自体が統制されることになる。またメニューは、各料理が前菜、魚料理、肉料理、野菜料理、点心、飲物などと分類されており、いきなり果物というわけにはいかないから、何を、どの順序で食べるべきかが、すでに統制されているのである。また料理を選択すれば、どのような食器が並べられ、どのような順序で配膳され、配置されるのかも統制されており、鍋など料理の種類によっては、どの食卓で食べるべきかも統制されていることになる。メニューとは、動物としての自然な食欲充足行動を統制し、文化により秩序化するのである。
 これを空間の側面から見ると、食卓に定員があり、客に食卓選択権がない、食卓上の配置を店側が決定するなど、レストラン空間は店側が規範性を設定し、客を統制する空間ということになる。レストラン空間内の時間も、配膳の順序や営業形態を客を無視して店側が統制し、料理の出し方で客に進行、経過時間、残り時間などを伝達することにより、レストラン空間を流れる時間を1次元的に切り替えるように統制し、客はこれに従うことになる。さらに片付け、支払い、異常事態の処理など、すべて店側による規範性によって統制されているのであり、レストラン空間は、独自に秩序化された、外部空間からは明確に境界付られた空間となるのである。

第4章 食べる側の食行動への規範性

1 食卓空間の設定
1)誰と食卓をともにするか 料理は大皿で、一部で「大」、「細」を選べるくらい、1人用の食卓はほとんどないから、1人の食事はレストラン側からの統制によって難しい。しかし香港人にとって食事は出会いの場であり、住宅事情から1軒に住めない「家族」も、日曜にレストランに集まり、飲茶をともにする。待ち合わせはしばしばレストランの中で、1つのグループでも、次々と仲間が加わったり、途中で帰ったり、出かけたりと自由にレストラン空間を使おうとする。
2)レストランの選択 食欲充足に情熱と金を投入する香港人は情報交換して食べ歩き、店、味を厳しく評価する。評判を上げれば客が殺到し、落とすとすぐに寄り付かなくなる。また老人の中には、出身地の料理以外は絶対に食べない、というような人もいるが、通常はとにかく自分達が食べたいものを食べられる店を選択するのである。
2 食卓空間の秩序化
1)食卓の場 日常の食事、飲茶はもちろん、週1度の「家族」の食事、来客の接待、誕生・長寿の祝い、結婚披露宴、葬式後の宴会と、あらゆる時にレストランで食事をする。それゆえフロア貸し切りの大きな宴会でないかぎり、同じレストランの同じフロアで、結婚披露と葬式後の宴会、といったこともある。場は各食卓ごとに客が設定するのであり、広いレストランのなかの1つ1つの食卓は、それぞれ独立した場となっているのである。
2)ホスト 割り勘は一般的でない。ホストが明確でない場合、伝票を奪い合うなどということも起こるが、通例ホストは客人をもてなすなら迎えた側の夫、「家族」なら一家の長、グループなら年長者、上位者、男女なら男である。ホストは、みんなの座り方に気を配り、同席者の好み、体調、年令などを考慮してメニューを考え、店員に注文する。みんなに行き渡ったのを確認し、料理を取り分け、客には自分の箸で取ってやり、茶がなくなった人には注ぎ、湯がなくなれば補充してもらい、料理が十分かに気を配る。話題を提供し、場を盛り上げ、そして勘定を払うのもホストである。従って食卓を囲む人々は、その秩序の中に取り込まれ、各食卓は独立した秩序の支配する、独立した場となるのである。
3)料理の選択 料理の選択は、日本でもご飯なし、おかずだけでは奇妙なように、文化によって、メニュー選択は統制されている。またレストランでは決まったメニューから選ぶ他ないが、枠内であっても、各食卓では考え抜いて独自のメニュー選択が行われる。各自別々に注文する場合も、自分の注文した料理を食べるのではなく、皆で食べる。それゆえ選択に当たっては、他の人の注文に注意し、全体で食事として要件が備わるように自分の注文を選択する。1人で食事する場合も、経済客飯はあまり選択されず、茶だけを注文し、外売用の饅頭類を取り寄せる、といった形で、自分のメニューを選択する人もいる。
4)「洗杯」 C、Dレベルでは食事前に洗杯をする人が多い。茶碗の中に茶を注ぎながら箸や蓮華を洗い、湯呑茶碗は茶碗の中で回転させて洗ったりするのである。自分でする場合もあるが、1人が食卓の分をまとめてする場合も多い。
5)食卓の調理 レストランでは取り皿、取り碗が用意されているが、料理が変わってもいちいち取り替えるわけではなく、日本人ほどには異なる料理が混ざってしまうことを気にしない。料理を自分の好みで混ぜ合わせて食べてしまうことも多い。前の料理の残り汁に浸して食べたり、皿に残った料理の汁などをパンに浸したり、拭き取ったりして食べることもある。「鴛鴦茶」というコーヒーと紅茶を混ぜた茶もあり、中国茶も、2〜3種類混ぜたものを出す所もあるが、自分で混ぜてしまう人もいる。「火鍋」では食卓にコンロが置かれ、大皿から食材を取って鍋に入れ、煮えたものを食べる。メニューの中であっても、食卓空間でさらに様々な調理をしようとするのである。
6)持ち込み、持ち帰り 屋台が置いた路上の食卓では、あちこちから買って来たものを自由に飲食する。ファーストフード店では、持ち込んだものを食べる人もいるし、一般のレストランでも、しばしば飲物を持ち込む。店内で食べるべき料理を、初めから持ち帰り用の箱にいれてもらったり、食べ残しを持ち帰る客も多い。客は設定された規範性を無視しようとするのである。
7)招かれざる客 Dレベルの店では、勝手に入ってきた物売りから土産物などを買う人もいる。店側が設定した規範性に従うべき空間でも、これを無視しようとするである。
7)食べる速さー食卓の時間ー 食べる時には、1人だけ早く食べ終わってしまう、いつまでも食べ終わらない、といったことのないように、食卓を共にしている人と食べる速さを合わせるようにしなければいけない。またホストが量が十分でないと考えた場合は、追加注文が行なわれるから、終了時間もあくまで食卓ごとに決定される。それゆえレストラン側が設定した飲茶、下午茶といった時間区分を越えて、1食卓だけが食い込んでしまうこともある。飲茶の場合も同様に、流しているカートの速さに統制されはするが、選択し、食べ、いつ終了するかは、各食卓次第である。みんなが満足した頃に、デザートを食べ、楊子で歯の掃除をし、ホストが配ったティシューで口を拭ったりしながら感想を話し、食事を終わるのである。
8)食べる順序、量 各食卓では店側の配膳の順序とはかかわりなく、独自の順序で食べるが、食卓内部では順序を合わせる。また「喰いしん坊」に相当する表現はなく、大食い、肥満を軽蔑する傾向もないが、料理を独占するのはマナーに反し、他の人の分が残るように気を付けなければならない。また食事の終りには大皿の料理が少し残るようにする。したがって、順序、量は各食卓で独自に統制していくことになる。
3 考察
 香港では、動物としての人の自然な行動である食行動に対する規範性が、都市空間、レストラン空間を単位として強力に設定されており、統制に従うことを強く求められていた。これに対して客側は、食卓空間を単位として、独自の秩序化を行おうとする。
 まず食卓空間は都市空間の中の多くのレストランの中からあくまで自ら選択する。さらに各食卓では、飲茶、下午茶といった設定とはかかわりなく、ホストを中心にそれぞれの秩序を作り上げていく。メニューの選択も、レストラン側による食欲充足に対する規範性に対して、食卓単位で独自に選択し、組み合せる。洗杯はレストランが設定した清潔基準で提供している食器を、食卓を単位として改めて洗い直すことであり、設定された秩序とは別個に、食卓単位で秩序化していこうとする事例である。食卓の調理も、すでに調理されているものを、調理しなおすことにより、食卓単位で秩序化しなおすことである。持ち帰り、持込みも、そのレストラン空間では何を食べ、飲むべきかに関する規範性を無視していくことであるし、入り込んでくる商人と直接取引することも同様である。速さ、順序もまた独自に設定され、各食卓には独自の時間が流れることになる。量もまた、レストラン側の大、細といった統制とかかわりなく、各食卓で独自に量を統制していく。こうしてレストラン空間というすでに規範性の設定された空間の中で、人々は食卓空間を独自に秩序化され、独自の時間の流れる空間としていくのである。
 さらにこれを外部空間との関係でみるならば、1つのミニチュア世界であるレストラン空間の中で、各食卓がさらに外部空間からの食材を独自に秩序化して導入し、田畑、広大な中国大陸、さらに世界中の山、海、川という大自然のミニチュア世界となるのである。

結びにかえて
1 自然の導入への規範性による秩序化
 人々の生活する空間もまた、身体同様に外部空間から自然の諸要素を導入する必要があったが、以上の考察によれば、香港の食文化は、身体の場合同様に、様々な規範性によって自然を文化により秩序化して導入することを可能にしているのである。
1)知覚、評価 食文化は自然界を知覚、走査し、自然が作り上げた空間的配置を知り、諸要素を分類、評価する。これは文化の視線による自然支配である。
2)空間的移動とミニチュア化 食材として評価されたものは、捕獲、収穫し、量、種類を確保するために集め、さらに、貯蔵、調理、食事の場所に移動される。自然の空間的配置を変更することにより支配するのである。さらに諸要素を集めることにより自然をミニチュア化することによる支配も行われる。
3)生命を奪い、空間的形態を改変 捕獲、収穫はほとんどの場合、その生物の生命を奪うことでもある。鮮度保持などのため生きたまま市場、調理場に運ばれた場合も、食卓に上るまでには生命を奪い、料理となる。また皮を剥く、切る、つぶすなど、調理することにより、自然の形態を改変し、文化の定めたとおりに秩序化する。また混ぜ、盛り付け、メニューとして組み合わせ、メニューから選択し、食卓に並べるなどにより、自然の空間的配置から、文化が定めた配置に改変することによる自然支配が行われる。
4)食材の性質の改変 煮る、蒸す、焼くなどは、加熱による食材の持つ性質を文化の定めた通りに改変することである。生で食べる場合も、調味による味の改変が行われ、自然支配が行われる。
2 文化による秩序が支配する空間の確保
 こうした自然の諸要素の導入における自然支配を可能にする食文化による規範性は、反自然の文化の秩序が支配する空間を切取り、外部の空間から明確に境界付けられた空間として確保することを可能にする。さらに自然の改変を段階的に行うことにより、境界設定も段階的に行われ、自然の支配する外部空間からの隔たりをより明確に作り出すことを可能にする。
1)都市空間 世界中の食材を集め、自然支配の1単位空間とはなっているが、生きた動物の導入の例のように、自然がかなり都市空間の内部に入り込んでおり、境界が明確化されず、文化の支配する空間としてさほど明確に切り取られてはいない。
2)住居空間 野菜も皮を剥いて買って来るという事例に示されるように、住居空間は、自然性の剥奪を済ませた食材を持ち込む、自然との間の境界が明確化された、文化の支配する空間として確保されている。また自然界のミニチュア化により自然支配、反文化の空間としても外部空間との境界が明確化される。
3)レストラン空間 文化によって自然を秩序化する最前線はむしろレストラン空間である。食材を集め、徹底的な加工を施し、盛り付け、メニューを組み立て、配膳するという形で、文化による秩序化を行う。また住居空間同様に、ミニチュア化による境界明確化も行われる。さらに食欲の充足も徹底的に統制し、動物としての人間の自然性を剥奪し、文化の秩序が支配する空間として確保しようする。
4)食卓空間 これに対して客側も、独自の選択、順序、速度、時間、量などの事例から明らかなように、独自の秩序化を行おうとし、食卓空間をレストラン空間の中で境界付けられた空間として確保しようとする。さらにミニチュア化による境界明確化も行われる。

参考文献
ポール・フィールドハウス、1991、食と栄養の文化人類学、和仁浩明訳、中央法規
Gaff,Jennifer、1984、Business & Pleasure、Redcoat Investments Limited、Hong Kong
石毛直道、1973、世界の食事文化、ドメス出版
石毛直道、大塚滋、篠田統、1975、食物誌、中央公論社
石毛直道、1985、食いしん坊の民族学、中央公論社
石毛直道、1991、食事の文明論、中央公論社
石毛直道、井上忠司編、1991、現代日本における家庭と食卓ー銘々膳からチャブ台へー、国立民族学博物館研究報告別冊16号、国立民族学博物館
加藤秀俊、1978、食の社会学、文芸春秋
張光直、中国青銅時代、小南一郎他訳、平凡社
イーフー・トウアン、1992、個人空間の誕生ー食卓・家屋・劇場・世界、阿部一訳、せりか書房
中尾佐助、1976、料理の起源、日本放送出版協会
野林正路、1986、山野の思考ーかまぼこ、さつま揚げ、テンプラ、フライをめぐる認識と語議、海鳴社
ルベル、J.F.、美食の文化史ーヨーロッパにおける味覚の変遷、福永淑子訳、筑摩
書房
 追記 フィールドワークは1990、91、92年の12月に、合計6週間、10代から30代の香港生まれの人々をインフィーマントに、英語で行った。インフォーマントの方々、共同研究費(代表越智昇、小坂勝昭、高山真知子、上林千恵子、阿南透)をいただいた江戸川大学のご協力に感謝します。