排棄物の象徴的機能についての一考察
一都市空間に関する文化人類学・社会心理学的視点―
斗鬼正一
1987(昭和62)年9月10日発行 明治大学社会・人類学会年報第1号人間の科学社
はじめに
(1)本稿の目的
本稿の目的は都市空間の不可視化と排棄物の象徴的機能に注目し,文化人類学,社会心理学の視点から等関視されがちな排棄物の問題を検討することである。
文化人類学の関心は未開社会の消滅という消極的理由から文明社会に展開してきている。しかし現代の都市を人類が経験してこなかった環境と択えるなら,都市こそ新たな未開地であり,そこに潜む問題を在来の蓄積を用いて考えていくならば,極めて魅力に溢れるフィールドであると言えよう。こうした関心から都市を眺めた時目に入るのが都市空間の不可視化と排棄物の問題であった。
(2)排棄物の問題
東京の歴史は同時に排棄物との戦いの歴史でもある。東京都心は言わば排棄物の上にある。江戸時代は排棄物や大火の残灰で,その後も震災,戦災の焼土で,川や海が次々埋め立てられて来た。戦後高度成長期には産業排棄物も急増,8割が運び込まれた夢の島には一日に山手線一周プラス東京,新宿間に連なるほどの清掃車が殺到し,自然発火火災,害虫の大発生騒ぎも頻発した。結局夢の島には約1千万トンが埋められ,杉並ゴミ戦争,六価クロムと問題は続いている。1)
(3)文化人類学の視点から
要するにこうした問題への対応は,排棄物の増大に対しては処理能力向上,新技術の開発といった技術面からの対応に限定されていた。これを文化人類学の視点から見た時に注目されるのは,そもそも人間にとってものを捨てるとは,排棄物とは何なのか, という意味の探求である。本稿では都市空間の不可視化と排棄物の関連の検討を通してこうした意味の世界を探り,問題の理解と新しい対応を考えていこうというわけである。
I.排棄とは何か
そこでまず日常的な排棄物の処理の事例から,排棄物処理の一般的原理を検討してみよう。机上で仕事をする。発生した排棄物は床の上に,すなわち机より低い位置のクズカゴに移される。台所なら流しのコーナーからゴミバケツに移される。これら家庭内の排棄物はまとめてポリ袋等に詰められ,一旦勝手口にでも置かれてから,町内毎に設けられた集積所に運ばれる。これで家庭での排棄作業は終了である。
駅では乗客が煙草の吸殻や雑誌等を吸殻入れやゴミバコに捨てる。ホームの上や線路上に投げ捨てるというとりたてて下方への移動を強調した捨て方をする人もいるが, これは非難される捨て方であるとされる。これらを係員がすべて回収し,収集車に引き渡す。
こうした各地からの排棄物は市町村等の収集車で清掃工場や埋立処分場に集められ,焼却して灰と気体になり,あるいは地下に埋められ,やがてはその上が美しい公園等に造成されたりする。
ここから導き出される原理は,第1に「1」に近づけることである。排棄物を「かたづける」とは散舌としているものを1地点にまとめることであり,多数のチリなりクズなりを1つの??リト棄物とすることである。これがさらに集積所から清掃工場へとまとめられる。次に質的変化を見ても焼却,埋立とは色,形,大きさ,材質,臭気等が多様な排棄物をほとんど均質,同色,同臭気の物質へと変化させることである。
第2には,空間上を物理的距離を隔てて移動すること,そしてそれが社会的単位と連動した段階を踏んで行なわれること,そしてその移動が強調されることである。すなわち私はクズカゴまで,家庭を単位として集積所まで,町を単位に清掃工場まで, といった移動であり, しかも移動毎にわざわざ投げ入れる,線路上にまで投げ捨てる,路上に投げ捨てた後わざわざけとばすといった行為である。
第3にはこうした排棄は統制に基づいて行なわれるべきとされる。つまりクズカゴ,清掃工場といった施設の設定,公衆道徳等の規則という,いわばハードウエア,ソフトウエアの両面から排棄の仕方が統制されているという点である。
II.なぜ排葉物は排棄されるのか
(1)清潔,不潔感と排棄
以上の検討をふまえて,次に排棄物は何故排棄されるのかを,まずは清潔,不潔感といった一般的に考えられる点から検討していくこととする。
清潔,不潔感と排棄の関係を考えるために排棄の歴史を考えてみると,江戸時代の日本の町は,西欧人の目には大変衛生的で美しく見えたことが多く記録に残されている。2)事実中世ヨーロッパの都市では人々はトイレのない住宅から汚物を路上にぶちまけ,街路を走り回る豚の群れがそれを食い散らすという状態であり,歩道の起源も実は汚物の山の中に歩行スペースを確保するためだったという説すらある程である。3)こうした差は日欧の清潔感,不潔感の相違であり,西欧人は生業が汚れの不可避な牧蓄中心であり,肉は魚貝ほど鮮度を要求されない, といった事情とも関連するという指摘もある。3)また西欧の都市は市壁に囲まれていたため内部が過密化し,その上内部に,農村生活が持ち込まれたために衛生状態が悪化したとも言われている。いずれにしろペストの大流行で都市人口の1/3から1/2が失われた14世紀になってようやく都市の衛生への関心が高まったのである。3)
しかし我国の場合も,都市の清潔さは必ずしも衛生への関心の高さの結果とは言えないのである。江戸時代糞尿は地主,家主の所有物であり,農家に肥料として売り渡し収入源とした。山村では下肥を増やすために喜んで客を泊めたと言われ,大正時代になっても糞尿が家主のものか,借家人のものかが裁判で争われた例があるほどである。4)すなわち西欧ではベルサイユにもオペラ座にもトイレがなかったことは有名だが,日本でトイレが早くから使われ,処理システムが完備していたのは,実は肥料確保のためだという説もあるのである。5)こうして衛生のために排棄するという発想は普遍性を否定されるのである。
(2)実用的機能と排棄
では実用的機能の喪失が排葉を促すのだろうか?私達はインクの切れたボールペン,古新聞,野菜のクズ等を排棄する。それらは書く,読む,食べるといつた実用的機能を果たさなくなったからである。しかし実用的機能喪失にもかかわらず,日障りだから,好みに合わないから,そして気分転換のために排棄するといった例もある。
(3)掃除
次に統制された排実作業の代表例である掃除は何のために行なわれるのかを検討する。動物の例では,地面にたて穴の巣を作るハンミョウという下等な甲虫の一種は,砂粒などを投げ込まれるとすぐに排棄する。海底に巣を持つギボシムシは巣の中を絶えず新鮮な海水が流れるようにする。ところが高等動物でも非定住の猿類は掃除をしないという。
人間の例では, ピグミーは数週間から1〜2か月で集落ごと移動してしまうが,その間はきちんと掃除をする。マンマングという草の大きな橋円形の葉を組みあわせたおわんを伏せたような住居の床に同じ葉を敷きつめ,女性たちが汚れた葉を集落の周囲に捨て,森から新しい葉をとってきて補充する。6)
以上を要するに非定住なら掃除しないのに対し,多少とも一定の空間に定住する場合に掃除が行なわれるということになる。これは定住すれば時間の経過と共に排棄すべきものが増加するからとも考えられるが,他方排棄すべきものがなくとも掃除が行なわれる例もある。
まずヘアーインディアンの場合,住居には道具らしいものはほとんどなく,残り物はソリ犬が食べてしまい,排棄物はほとんど出ないが,床のトド松の細枝をいつも取り替え,新しい松業の香りが漂っている。6)
次に禅宗における掃除である。釈尊は掃除の五功徳として「自心清浄,他人清浄,諸天歓喜す,端一の業を植す,命終の後まさに天上に生ずべけん」と言っているが,禅宗では「一掃除,二看経」と言われる位,修行は掃除に始まり掃除に終わる。これだけ徹底的に掃除すれば排棄物があるはずがないが,禅宗では掃除は実は修行そのものとされ,周利柴?特という掃除に徹して悟りを開いた僧の話しが伝えられている。7)
今日世界の学校で生徒に掃除をさせる国は仏教圏に多く,その1つである我国でも学校掃除が給食と共に教育の一環として扱われているが,禅宗において掃除は本来の機能とは別の,修行,開悟のための手段という,いわば教育的機能を与えられ,そのために統制が必要とされているというわけである。
さらに本来とは異なった機能を示唆する例として柳田国男の説がある。柳田は今日のように塵が多くなったのは庶民の間に木綿が普及するようになってからだとし,木綿や毛が普及した後も農漁民の間では掃除はあまり行なわれなかったとしながらも,正月を迎える12月13日,七夕の7月11日に大掃除をすることを指摘し,掃除は生活空間,時間を「ケ」から「ハレ」へ切り換えるために行なわれると指摘している。8)
III.都市空間の不可視化
以上の検討から言えることは,排棄はものの機能の有無,清潔,不潔といった点からだけ行なわれるわけではなく,本来の機能とは別の,いわば第2の機能とも言うべき機能を評価され得るということである。他にも先述の一般的原理のうち,可能な限り「lに近づける,距離を隔てる, といった点は,不要な,あるいは過剰な情報を削減し,頭の中の情報処理の省力化を図る機能を果たす為とも考えられるが,本稿では都市の問題を考える立場から,都市の抱えるもう1つの問題である都市空間の不可視化と排棄物の第2の機能との関連, という視点から考えてみようというのである。
(1)都市空間の不可視化
米山俊直は都市生活のハレ化現象を指摘している。9)今日の都市生活を時間の側面から見ると,便利さ追求の産物であるハウス野菜やエアコンは季節感を,真空パックのもちはハレの時としての正月を奪った。年中祭りのような繁華街は祭りの喜びを奪う。悲しみの時があるからこそ喜びの時が輝くのであり,こうした濃淡,起伏の消えた時間は,まさに非人間的な,不可視化した時間と言わねばならない。
これは空間の場合も同様である。交通網の発達は遠い所,近い所の区別を消滅させ,巨大な空間に種々雑多な人やものが集中する。どこもかしこも繁華で,美しく飾り立てられ,明るく照明される。暗闇で気味の悪い所もない,全体像もつかめない,文字通りの都市沙漠,都市ジャングルとなっているのである。こうした都市空間はまさにとらえどころのない,のっぺらぼうの,不可視化した非人間的空間ということになる。
(2)都市空間への価値観の投影
では逆にのっぺらぼうでない都市空間とはどういう空間であろうか。
内藤昌によれば江戸の町は城を中心に「の」の字形に譜代,旗本,御家人,町人,外様の順に住宅地が設定されたという。10)社会的距離とその区分がそのまま物理的距離に置き換えられている訳で,支配者にとってはまさに自らの価値観がそのまま投影された空間であり,それはまた住民にとっても大変はっきりとつかむことのできる,文字通り可視の都市空間であったはずである。さらにここで排棄物との関連で注目しなければならないのが,刑場夕火葬場や悪場所の設定である。すなわち五街道の入口には各々地蔵が配され,鬼門には上野寛永寺が置かれたが,日光街道をさらに下った千住には小塚原刑場と火葬場,そして千住宿には遊廓が設定された。東海道を下れば品川に遊廓,さらに鈴ケ森が刑場である。また他吉原も日本橋の都心化に伴い浅草に,銀座周辺の芝居小屋も悪場所として浅草に移動させられたのである。すなわち華やかな,あるいは近づきがたいような城や都心部と共に,距離を隔てた所には汚れた場所や悪場所が,街道沿いの人々の目にいやでも存在を強調するような地点に設定されていたのである。こうして設定されたハードウエアとしての都市空間は,文字通り誰の目にもはっきりと見える,意味的に起伏に富んだ,のっぺらぼうではない空間であったと言えよう。そしてここでマイナスの意味しか与えられていないように思われる死や性等が,隔てられることによって,ますます逆方向の中心部を都心として輝かせる為に,積極的に利用されていることに注目したいのである。
W.空間の可視化と排棄物の機能
先の事例からは刑場等隔離されるべきものが都市空間を可視化する機能を評価されていることが明らかにされた訳であるが, しかし刑場等の設定はいわば都市空間のハードウエアの側面であり,実際には独裁的支配者の存在しない現代の都市や集落の空間では,物理的条件で投影が歪められてしまうことや,一旦設定されても変動を迫られることもあるはずである。さらにまたハードウエアだけではなく,現実にはその空間内の様々なものや人の移動の仕方の問題,すなわちソフトウエアの側面も存在するはずである。火葬場を設定しても現実に死体が別の場所に排棄されたのでは機能を果たしえないわけである。そこで排棄物の統制が大きな意味を持つはずであり,以下では新潟県中魚沼郡津南町見玉を事例に,排棄物の移動の統制と,空間の可視化の関連を考えていくこととする。
図1 住居空間の1例
(1)見玉の事例
1)住居空間,ムラ空間の設定
見玉は37世帯,人口139人。三大秘境と言われた秋山へ向かう秋山街道に沿った過疎の豪雪のムラである。望ましい住居空間はカミ, シモという方位を座標軸に,一番カミのオクにトシヨリの寝室であり,先祖伝来の家宝等を置くオオベアを設ける。現実にはオオベアと平行だがオオベアのシモと表現される位置には,仏壇や神棚があり,大切な客を接待し,儀礼を行なうザシキがある。そのシモにチャノマ,そしてもともとは土間だったニワ,カッテと並び,ゲンカンはニワと平行しているが最もシモとされる。排棄の為の施設では,ゲンカン内に仕切りもない風呂と便所が設けられた。下の溜は外に通じ,さらに外側に堀られたもう1つの溜で,風呂水と糞尿を混ぜてねかせ,肥料とした。ゴミ箱はカッテとゲンカンに,チリトリ,箒は室内用はニワ,屋外用はゲンカンにある。使い分けを見ると室内用を室外用に転用する,すなわちカミからシモヘ移動することはあっても逆はない。またシモにザシキのある住居はサカサヤシキといわれ家運が傾くという。道路新設等で改築する場合も本来は全面的に反転パタンに作り変えるべきとされる。
次にムラ空間である。分家は本家よりカミに出してはいけないとされるため,古い本家すなわち家格の高い家ほどカミに,新しい,家格の低い家,奉公人分家等ほどシモに並ぶことになる。図2のNNが草分け大本家,TSがTヤゴモリの大本家,TKがその分家,TAは奉公人分家であり,最も古い家々はこの統制通りに設定されている。墓地はシモのムラザカイ付近で,周囲に火葬場,ユカンの道具を入れた堂が建てられるが,見玉では近年オキノハラに移転した。
図2 見玉
図3
江戸時代以前にはクチベラシに赤ん坊を捨てたニカッコバヤシがムラザカイより秋山街道をさらにシモヘ下った所にあり,さらに下った所にはウマステバがあった。
2)投影の原理
このように設定の座標軸とされるカミ, シモは実は単なる方位ではない。カミは先札本家,年長者,古い味噌桶を置くといった例からみられるように古さ,そして男という優位性を, シモは子孫,分家,年少者,新しさ,女という劣位性を象徴的に示す方位でもある。そしてこの時間原理による一点集中型の優劣関係こそ見玉の人々の社会構造に対する基本的価値観なのである。すなわち見玉にはNとTの2大ヤゴモリがあり,NNがカミヤゴモリと呼ばれるNの,TSがシモヤゴモリと呼ばれるTの大本家であるが,NNはクサワケであり,TSの本家とも言われ,家格が一番高い。さらに各ヤゴモリは大本家の分家からさらに分家した家々がウチヤゴモリと呼ばれる下位集団を形作る。大本家は大地主であり,正月にはヤゴモリが集合する。儀礼時も結集し,大本家の指示の下に働いた。大本家の田植え等には全分家が駆け付け,借金,縁談,共同労働等もまずウチヤゴモリ,それで不足の場合ヤゴモリ全体で協力が行なわれる。ムラ全体が協力するのは各ヤゴモリの力を超えた場合である。ここに見られる原理は広葉樹の葉脈形の原理であり,枝分かれしていたものが段階的に統合され,次々レベルをあげて結局は1点に集中するという1次元志向型であるB次に各住居内である。出生,婚入,奉公等で加入した人々には,時間原理により赤ん坊,子供,青年,戸主,戸主の兄弟と段階的に序列化され,各々一定の役割が期待,約束される。そして最後は奉公人以外は最も優位のトシヨリとなるのである。ここでも時間原理による非連続化と段階的上昇,そして最終的に1点をめざす1次元的原理である。
こうして見玉においては一貫して葉脈型の1次元的原理が貫かれ, これを維持することが政治,経済,儀礼等あらゆる局面で安定を保証することにつながったのであり,住居,ムラ空間が先述の原理通り設定されるならば,図3のように,まさに江戸同様に人々の価値観がそのまま投影された空間が実現される, ということになるのである。
3)投影原理と物理的空間のずれ
そこで次に,原理と実際を比較してみると,必ずしも原理通りになっていないことがわかる。本分家の配置もNN,TS,TK,TAでは原理通りだが,その後の分家は必ずしもシモに出ていない。墓地は移転している。住居空間ではオオベヤが一番カミといっても現実にはザシキと同座標である。後年のチュウモン増築はシモ方向ではない。出入りを考えると,オオベヤ以外は直接外と出入りできるからザシキが必ずしもオクではないし,オオベヤから直接出られるのもザシキではなく,チャノマである。またチャノマとニワの天丼は区切りがなく,仕切り戸もなかった。またごく近年には養鱒のためにカッテグチを設けたという例もある。
4)ずれの補整
以上の検討によると,本来なら価値観をそのまま投影した空間ができるはずが,現実には歪められてしまうというわけで,それならばソフトウエアによってハードウエアを補整するのではないか,そして排棄物がその際使用されるのではないか, というのが筆者の予想であった。
@鳥追いそこでまずムラ空間を舞台とした統制された排棄である鳥追いをとりあげる。これは1月14日小正月の夜,子供達が拍子木を打ち,鳥追いの歌を歌って害鳥を排棄する行事だが,経路はTS前から出発してNNの前を経て一旦ムラのカミへ行き,そこから鳥をシモのムラ境まで秋山街道だけを追っていくのである。昔はシモのトナリムラ太田新田と争ったという。その先は鳥追い歌にあるようにシモへシモヘと追っていき,最後は佐渡に排棄するというものである。これによれば枝道上にあるTSからNNを経てカミに向かい,さらに二次元のムラ空間の中の一本道だけをシモヘ向かって排棄する訳で,NとTが一次元的にカミシモの順序関係の中にあること, シモはカミの害鳥が排棄されるべき方向であることが,歌と拍子木という大変目立つ演出で象徴的に示されるわけである。
A葬列死体の排棄はホンドウリと呼ばれる特定の経路を用いねばならない。ホンドウリの設定は図4に示したように各住居を1本道で結び,決して複線化しない。枝道になる場合も必ず上位,下位の序列がつけられる。それ故枝道上にある住居の場合,まず自家専用のホンドウリに出てから段階的に上のレベルのホンドウリを経て秋山街道に出ることになる。近道があっても利用しないし、新道ができても変更されない。そしてこのホンドウリこそ実はムラ空間,カミ, シモの座標軸とされているのである。
図4
この事例に於ても,葬列という注目を浴びる機会にホンドウリ順のカミからシモが排棄されるべき方向であることが示されるというわけである。
Bモグラ追い 住居空間内で統制された排棄の例としてモグラ追いがある。この行事では,木づちで床をたたいてモグラを順に外へ排棄するが,順序はまずオオベヤ,次にザシキ,チャノマ,カッテ,ニヮ,そして玄関から外へと決められている。
C掃除,コエニュウ 日常の掃除は朝1回嫁が掃き,板の間だけ雑巾をかける。ハタキはあまり使わない。この場合必ず真っ先にオオベヤを掃き出し,次に一旦ザシキに回り,それからオオベヤとザシキの排棄物をまとめてチャノマを掃き,カッテ,ニワ,そして玄関から掃き出して,図1に示したように玄関から門口に行く右手にあるコエニュウに積む。台所の生ゴミは牛馬のエサとして玄関のウマヤに運び,牛馬のワラクズ,糞尿はまぜてやはりコエニュウに運ぶ。この他切った爪や髪の毛まで,ほとんどすべての排棄物がコエニュウに運ばれ,腐敗させて肥料となるのである。ヘソの緒,後産も玄関にあるウマヤに埋めた。
D葬式 死者は若者であっても一旦トシヨリの部屋であるオオベヤに移動させ, シモマクラに寝かせる。祭壇やユカンの道具はゲンカンから運び込まれる。ユカンに使用したタォルは火葬時に焼却する。ナベは当分使わず,布団は49日間軒下でほす。僧はザシキから直接出入りするが,参列者は玄関から出入りする。ォォベャで入棺後死者はザシキに運ばれ,葬儀終了と共にチャノマ,ニヮを通ってゲンカンから運び出される。出棺後は鍬で死体を置いた場所を耕し,シオミズバライと称して茶碗に塩水を入れ,死者の部屋からオォベャ,ザシキ,チャノマ,ニワ,ゲンカンの順に撒いて残りを外に捨てる。
以上の住居空間内の例でも,必ずしも1次元的に設定されていない住居空間内の各部屋が,儀礼といぅ人々に注視される機会に,極めて1次元的な排棄物の移動によって段階付けられ,順序付けられてぃるといぅゎけでぁる。
5)まとめ
ムラ空間,住居空間の双方から言えることを排棄の一般的原理と対照してみると,まず「1」に近づける,段階的に距離を隔てる,それを強調する,そして統制がある, といぅ4つの点とも完全に一致していることがゎかる。しかしここで注目されるのは,「1」に近づける統制が2次元の空間を段階的に,特定の順序に1本道,1点に収敏させる原理で行なわれていること,その段階や順序が本分家や家庭内での各成員の地位の区分や優劣関係と一致していること,そしてあえて汚れたものが人々自身の目に目立つような位置,機会が選択されてぃることでぁる。
V. 結論
(1)
大規模下水道が巨額な投資に比して効果が大きくないことが指摘され,11)下水道の完備が人々の汚水への関心を低下させ,汚れ,汚水量を増加させてしまうことがその原因であるといわれてぃるが,排棄物問題も実は行政による収集サービスが原因であるという批判がある。それは第1に収集サービスがリサイクルを断ち切ってしまったからであるという。もともと行政が家庭の排棄物を責任を持って収集するなどというサービスはほとんどなかった。江戸の町のように組織的に行われていたのはごく例外的である。12)さほど遠くない過去において排棄物は肥料,燃料とされ,作物といった形で戻ってきた。都市の糞尿も農家に引き取られ,謝礼の野菜が戻ってきた。ところが収集サービスが始まると手軽だし,同じ税金をとられるなら出さねば損と収集に出してしまう, とぃぅ訳である。第2には排棄物を人々の目から遠ざけ,過剰な清潔志向と相倹って,清潔,不潔感に大変革を引き起こし,それによって問題がますます深刻になってしまったとぃぅ指摘である。東京ではオリンピックを控えて1961年に手押し収集車が,64年には木製ゴミ箱が姿を消した。1)家庭でも当初は紙袋,今日では白いポリ袋に詰め,ポリペールに投入してしまえば,後は目に触れることも,臭気もなく,青や縁に美しく塗装された収集車が美しいメロディーと共にどこか遠くへ運び去ってくれる。ダストシュートがぁれば集積所まで運ぶ必要もない。ディスポーザーなら水と共に流し去るだけでぁる。すると稀に自分の目や手に触れるようなことがぁると,大変不潔なものに触れてしまったょぅに感じるし,それまで不潔と感じなかったものまで不潔に感じられてしまう。これに拍車をかけるのが過乗」な清潔志向である。ペストで人口が激減したョーロッパの例を示すまでもなく,我国でも伝染病の恐怖から解放されたのはさほど遠い昔ではないB初めて日本人の手で作られた神田下水道がコレラ対策であったょぅに,清潔を求める思想が伝染病追放に果たした功績は大きいBしかし同時に行きすぎた近代衛生思想はプラスチック,洗剤,農薬を生み出し,重大な問題をひきぉこした。滑らかな表面,多様な色彩,汚れがすぐ落ちるプラスチック。汚れを目の敵に白さを強調する洗剤CM。自然嫌悪,人工物志向の産物である農薬。これらはそれ自体が汚染源であると共に,ますます人々の清潔志向を強め,排棄物をますます不潔に感じさせることになる。
こうして排棄物は何の役にも立たず,不潔極まりないものとなり,人々に嫌悪され,ますます大量に排棄されることになる。嫌悪感は排棄物の移動速度を加速するため自然の自浄作用は奪われる。結局行政はますます収集サービス向上に力を入れ,悪循環を繰り返すというゎけである。
(2)
ではこうした悪循環を断ち切れば問題は解決に向かうのではないか。すなわち排棄物が決して無用の邪魔物ではなく,重要な機能を果たすものとして利用されるならば,それが常に人々の目に入っているならば,清潔感を変化させ,リサイクルを回復し,移動速度を低下させ,排棄物自体を減少させることができるというわけである。そこで筆者が注目したのが,人々による価値観の物理的空間への投影と,可視化に対する機能という点であった。
メソポタミアでは都市遺跡は3〜4000年間排棄物を積み上げた地層の中にあるという。これは洪水対策であるという説もあるが,川添登は天上,大地,地底から成る世界観を持つメソポタミア人が,都市を排棄によって上方へ高めることは天への志向を満たし,他方排水管を地中に差し込み,汚水,排棄物を下方へ排棄することは地下の神に届けるイ子為であったという。3)すなわち排棄を統制し,上下方向に移動させることを介して天上,大地,地底と垂直方向に連なる宇宙のシステムに参加し,再生産していったというのである。こうした場合の排棄物はまさに物理的空間への人々自身の価値観の投影という重要な象徴的機能を評価されていると言えるはずである。
そこで次に見玉の事例を再度検討してみると,設定が原則通りならば人々の価値観の投影像となるはずのムラ空間,住居空間は,現実にはその通りに設定されていなかった。またその通りに設定されたとしても,現実に墓地に死体が人々の目の前で排棄されていくのでないならば,設定の意味はないことになる。ならばそのムラ空間,住居空間の上を移動して行く排棄物の移動を統制することによって,つまりソフトウエアの側面から,投影を強化し,投影の歪みを補整することができるはずであり,またその必要があるはずなのである。
そこで統制の内容である。先に見玉の排棄の原理は一般的排棄の原理と一致すると述べた。しかし細かく考えていくと,見玉の統待Jは必ずしも一般的原理や衛生観では説明できない点が多いのである。まず距離を隔てる際の特定の順序による段階的, 1次元的移動の例である。掃除の場合,オオベヤ,ザシキの排棄物をまとめてからチャノマを掃くという統制では,平行に並ぶオオベヤ,ザシキのうち,オオベヤを先に,ザシキを後にするべきとされていたが, これが逆でいけない理由はないはずでぁる。また衛生という観点から言えば各部屋毎に掃き出した方がよいはずであり,便所,風呂がゲンカンに,コエニュウがゲンカンから門口に向かう所にあるのも不可解である。ムラ空間でも同様に,鳥追いが作物もなく害鳥もいない1月に行われることと共に,カミからシモに排棄する前にわざわざ大本家を経由し, しかもTSからカミに向かいNNの前を通るという経路をとることも説明できない。葬列のホンドウリも1次元志向とは言っても段階を踏み, しかもその段階を近芭新道によって変更しないといぅ点は説明不可能である。
しかしこうした統制が実は住居空間,ムラ空間への価値観投影のためであると考えるなら,非常に合理的に説明できるのである。
まず段階である。オオベャ,ザシキ,チャノマ……という必ずしも物理的に明確ではない区分は,人々の価値観における時間原理にもとづいたトシヨリ,戸主,若者,子供という区分を象徴する設定であったが,排棄物もこの区分に対応して段階的に排棄された。次に区分間で特定の川頂序による排棄が統制されていたが, この順序は実はカミからシモヘという特定の方向であり, この統制を守ることは即カミからシモヘという特定方向を守ることを意味する。そしてこのカミ, シモは人々の価値観における優位L劣位性を象徴的に示す方位であった。また1次元志向の統制も人々の価値観における原理と一致する。老夫婦が2組いたとしてもトシヨリとされるのは1組だけであり, 2組は優劣の関係におかれる。ヤゴモリも,多くの分家が枝分れしていても,大本家の直接の分家が分家に出た順序によりまず序列化され,さらに枝の内でも同様に1次元的に序列が付けられるべきとされていた。そして結局最後は全見玉がNNという大本家に収微するのであった。そして排棄物の統制は広葉樹の葉脈型に, 2次元の空間に散らばる各住居を1次元的順序関係に結んでいく。他方排棄物が各段階を特定の順序に蓄積され,排棄されていくこと,例えばオオベヤからザシキヘと掃いていくことは,オオベャとザシキを非連続化すると同時に,優劣の評価を明示,固定することになるはずである。カミからシモヘホンドウリを段階を上げながら死体が移動していくことも,カミ側の段階の区間にある住居と,シモ側の段階の区間にある住居との間に優劣を明示,固定するはずである。そしてこれらは変更されることがなく, しかも排棄物という嫌悪すべきものを,葬列という人々の注目を浴びる機会に,ひときわ目に入りやすいようにして人々自身に見せつけるというわけである。要するに排葉物の統制は,たとえ平行に並んでいてもあくまでオオベヤの方がカミ,すなわちトシヨリの方が優位であり, もはやカミに位置していなくても,本家はあくまでカミ,すなわち優位であること等を明示,固定することになる。つまりは人々の価値観である時間原理の,人々の定住する空間であるムラ空間,住居空間への投影とその補整,強化のための統制である, ということになるのである。
こうして見玉において排葉物は,その統制によって,まずリサイクルを維持し,移動距離を延長し,移動速度を低下させ,人々の目にとまることによって人々の排棄物への関心を維持し,不潔感を緩和するという生態学的にも秀れた処理法を維持する。さらに加えて人々に対して目立たせる,掃除を介して日々関与させるといったことによる教育的な機能をも利用して,価値観の投影,補整,すなわち空間を可視化し,さらには価値観を維持していくことをも可能にするという,言わば象徴的機能を評価され,有効に利用されている, というわけである。
(3)
こうした事例を見てくると,都市における排棄物や都市空間の不可視化といった問題に対する直接的対応をここで直ちに提示することはできないにしても,逆効果にもなり得る技術的対応とはまったく異なった文化人類学・社会心理学的視点からの検討が極めて有効かつ重要であり,具体的成果をあげることができるはずである, と考えるのである。
注
1)馬淵公介 1985,「江東の断固たる反撃, ゴミ戦争」『東京できごと史』 別冊宝島46」Jicc出版局
2)イザベラ・バード 『奥地日本紀行』 高梨健吉訳 1973,平凡社
ジョン・レディ・ブラック 『ヤング・ジャパン』 ねずまさし,小池晴子訳 1970,平凡社エドワード・S ・モース『日本その日その日1』石川欣一訳 1970,平凡社
3)川添登 1982,『裏側からみた都市 生活史的に』日本放送出版協会
4)川添登 1976,「下水」 川添登,高取正男, 米山俊直編 『生活学ことはじめ 日本文化の原像』講談社
5)梅棹忠夫,加藤秀俊,小松左京,米山俊直,佐々木高明 1972,『日本人のこころ 文化未来学ヘの試み』朝日新聞社
6)青柳まちこ 1979,3,9 朝日新聞
7)小倉玄照1979,沖原豊編 『学校掃除−その人間形成的役割』 学事出版
8)柳田国男 1979,「木綿以前の事」 『定本柳田國男集』岩波書店
大島建彦,御巫理花編 1984,『掃除の民俗学』三弥井書店
9)米山俊直 1986,『都市と祭りの人類学』 河出書房新社
10)内藤昌1966,『江戸と江戸城』鹿島出版会
11)鳥越皓之 1986,「生活排水のゆくえ」 鳥越皓之, 嘉田由紀子編『水と人の環境史 琵琶湖報告書』御茶の水書房
12)内藤好一 1982,『江戸の夢の島』吉川弘文館