「ミニフィールドワークとしてのニュージーランド研修」         斗鬼正一

 文化人類学の方法論で、もっとも基本となるのはフィールドワークである。無論書物による机上の研究も同様に重要であるが、ほとんどすべての研究は、フィールドワークで収集した情報からスタートする。そして文化人類学で言うフィ−ルドワ−クとは、単なる現地調査という意味ではなく、生活共有による調査を最大の特徴とする。それゆえ、アマゾンのジャングルから大都会香港のコンクリートジャングルに至るまで、世界中至るところに出掛け、現地の人々と同じ屋根の下に一緒に住み、同じ生活時間で、同じ物を食べ、時には一緒に働きながら調査をする文化人類学者の姿が見られるのである。
 
 これは無論精神的にも、体力的にも大変きつい仕事である。生活時間、習慣から、食物、衛生状態まで、相手の側に合わせなければならない。どんなに気味が悪い食物がどんなに汚らしい食器に盛られていても、平気な顔をして食べなければならないし、風呂もシャワーもなくても平気でなければ勤まらない。
 
 こうして異文化の家庭に飛び込んだ文化人類学者は、好奇心の固まりとなり、食事時にはどの料理をどこに並べたか、座順はどうか、片付ける順序はどうか、洗い方は、しまう場所はどこか、洗濯物をどのように分けて洗い、どのように乾し、取り込み、畳んだのか、客が来たとき、セールスマンだったらどこで応対したか、隣人だったら、親戚だったらどうか、客の差し出した土産をどこに置いて、いつ食べたか、近所の店に買物に行くのに何を着て、どの靴を履いていったのか、都心のデパートに行くときはどうだったか、不幸や祝いごとがあったら誰が駆け付け、どんな座順で座り、どんな関係の人がどんな表情で、何を贈ったか、いくらの香典を差し出したか、などなど、実に細かな、日常生活に密着した情報の収集に努めるのである。その後に初めて、書物、思索による情報とあわせて、これらの情報を分析、考察するのである。
 
 ではなぜ文化人類学者はそれほどまでにフィールドワークにこだわるのであろうか。文化人類学の目的は、人々の文化、社会を理解し、そこからそれを作りだした人々を、そして最終的には、人間という生きものを理解していこうというものである。無論他の諸科学同様に、事実のレベルから始まって抽象へ、というプロセスをとることは勿論である。しかし文化人類学者は、スタート地点で、現実に生きている一人一人の人間の、喜び、悲しみに溢れた、日々のこまごました生活の場面にまで下りていこうとするのである。何に喜び、悲しみ、何を目指して、どんな価値観を持って暮らしているのかを、人々の側から、人々の視線で見て、固有名詞にこだわって理解しようとするのである。そしてそれは、対象がナマの人間と、彼らが作り出す文化、社会だからである。人間を理解するにはその人たちと直接ふれあうこと、生活を共にすることに勝る方法はありえない。履歴書、写真を100回見るよりも、1回会ったほうがはるかによくわかる。ただ会って話すよりも、お茶を一緒に飲むほうが、食事を共にするほうが、さらによくわかる。そして何よりも、毎日の生活を共にすることこそ最上の方法なのである。こうして文化人類学者はフィールドワークにこだわり、未知の人々との出会いを求めて、世界中へ飛び出していくのである。
 
 こうした文化人類学者の立場から見るならば、本学のニュージーランド研修は、語学研修であることに加えて、まさに学生諸君によるミニフィ−ルドワ−クである。全員がニュージーランド人の家庭に入れていただき、家族の一員として生活を共有する。食器の洗い方、近所づきあいから夫婦喧嘩に至るまで、文字どおり人々の生活のあらゆる側面に触れることができる。しかもそれは、もうひとつの家族となった人々一人一人の固有名詞に直結した経験である。これは、書物で読んだだけ、テレビや写真で見ただけ、ホテルに泊まってガイドに案内されただけというのとはまったく異なった体験である。無論学生諸君はプロではないから、質問の仕方、メモの取り方といったフィ−ルドワ−クのテクニックや、日常生活から発信される膨大な情報のどこに注目し、どう分析し、理論としてまとめていくのかといった学問的方法論に関しては素人である。しかしそれらは、文化人類学者自身も、何もわからないまま現地の生活に飛び込み、体で覚えてきたことなのである。文化人類学者の目には、新しい発見を目を輝かせて報告してくれる学生諸君は、まさに現地に第一歩を踏み出したたフィールドワーカーなのである。文化人類学者にとって、現地こそが最高の研究室であり、現地の人々こそが最良の師であるように、この研修において学生諸君は、ニュージーランドを最高の教室とし、第二の家族を最良の師として、行動する社会学を標傍する社会学部の学生にふさわしいフィールドワーク体験をしているのである。