斗鬼正一新聞書評 
  「女子学生、渡辺京二に会いに行く」
(渡辺京二、津田塾大学・三砂ちづるゼミ著)

掲載紙:共同通信、山陽新聞、日本海新聞、徳島新聞、北国新聞、新潟日報、信濃毎日新聞、河北新報、秋田さきがけ


偉大な灯台からの応援歌


 漱石も教壇に立った旧制五高(熊本)ば卒業し、大学で学ぼうと上京したのは、多感な迷える羊「三四郎」。漱石の小説は、異文化の地、明治の東京で人生を学び、世に出ぬ「偉大なる暗闇」広田先生と出会い、思想、学問の深さを教えられる青春応援歌だ。

それから1世紀、混迷の世の東京から熊本に向かったのは、津田塾大の9人の女子学生。現代の三四郎、いや津田梅子たちだ。卒論で人間や社会の不思議、不条理を探求して広大な知の海に迷い、就職、進学と、生き方に悩む。本書は、そんな迷える羊たちが、歴史家渡辺先生を訪ね、やりとりした記録だ。

自称老獪(ろうかい) へそ曲がり歴史家は、生きづらさ故に金子みすゞが自死した1930年生まれ。知の海を渉猟し尽くしている。現代の梅子たちにとっての強迫観念化した自己実現が、近代以前には存在せず、個人が安住してきた共同体から引きずり出された結果迫られるようになったものだと、広大無辺な人類史の視点から定位してみせる。

知性と老獪へそ由がり精神で、人は皆何かしら障害がある、学校なんてもともと大したものじゃない、拒食症なんて飢える危険が無いから言ってるだけ、美人の基準も時代で変わる、デブの何が悪いと開き直れ!と、羊たちの迷いを次々喝破。

誰もが才能を伸ばして社会に認められる存在にならねばならぬ、などという現代の誤ったイデオロギーに振り回されるな。自分を殺して出世して、そんなことの何が自己実現か。世に出なくてもいい。自然、人間、異性、子供という謎を楽しみ、自分を大切にせよ、そんな生き方こそが一番の幸せと説く。

時代は移れど「とかくに人の世は住みにくい」。迷える羊たちに、歴史という高みからの視線と、知性の光という座標軸を投げかけて「みんなちがって、みんないい」と教えたこの出会いは、現代の三四郎、梅子たちへの「偉大なる灯台」渡辺先生からの青春応援歌なのだ。
(亜紀書一房・1680円)

わたなべ・きょうじ 1930年京都府生まれ。日本近代史家、評論家。熊本市在住。