斗鬼正一新聞書評 共同通信社配信
 掲載紙:琉球新報、沖縄タイムス、南日本新聞、佐賀新聞、愛媛新聞、北國新聞、新潟日報、神奈川新聞、山形新聞他

文明開化以来の常識覆す

「インサイドボックス」、(ドリュー・ボイド、ジェイコブ・ゴールデンバーグ著、池村千秋訳)

 此比都ニハヤル物、発想・企画・独創力、情報発信、大競争―。丸の内、大手町と、都を駆ける就活生もビジネスマンも、グローバル化に翻弄され、画期的なアイデアを生み出す技を求め懸命だ。

 そうなると「我国未曽有ノ変革」を為そうとするには「旧来ノ陋習ヲ破リ」「智識ヲ世界ニ求メ」というのが、五箇条の御誓文、文明開化以来の常識。でも実は、固定観念を捨てられず、自己主張も大嫌いというのがわれらニッポン人。これじゃ時代の荒波にぼうぜん自失、自信喪失も当然だ。

 そんなわれらニッポン人の救世主が、平成版五箇条の御誓文を引っ提げて登場したこの本だ。独創的発想は「固定観念を脱し、枠から外に飛び出して、制約なしに、異質と出会ってこそ」というこれまでの常識をひっくり返した。勝手知ったる既存の世界の内側「インサイドボックス」で、つまりは制約の中で、定石通りに考えればイノベーションはできるという。

 その思考のひな型五箇条と実践例は、一「分割」。パソコンから記憶装置を切り離せばUSBメモリー。一「引き算」。録音機から録音機能を引けば携帯オーディオプレーヤー。一「掛け算」。不妊化させた雄を多く放って害虫根絶。一「一石二鳥」。顧客に社員研修講師を依頼して大成果。一「関数」。配達遅延時間と連動させたピザの値引き商法。

 要するに「安近短」。ひな型通りに掛けたり引いたりしてみればイノベーション、というのだから、これならできそう、これは楽。

 おまけに、まずは型を稽古してそこから時代に対応した新しい型を生み出してというのは、日本伝統の武道、芸道の得意技。明治ニッポンの独創的な新ジャンルあんパンだって、日本のまんじゅうに、異文化をはめ込んで焼き上げたものだ。

 「西洋事情」をまねずとも、身近な箱をたたいてみれば、平成の文明開化の音がする、ニッポン人よ大志を抱け、と励ましてくれる本なのだ。(斗鬼正一・江戸川大教授)

 (文芸春秋・1890円)

DREW・BOYD イノベーションのコンサルタント▽JACOB・GOLDENBERG 米コロンビア大ビジネススクール教授▽いけむら・ちあき▽とき・まさかず